堅実な妻のおかげ

数年前に「鬱」と診断されました。
それ以降小学校教師の職を休職・復職を繰り返すこととなってしまい、結局「休職期間が切れる」という事で、「自主退職」しました。
今は、同業者の妻に収入は任せて、「専業主夫」というか「家事手伝い」と言うか、「隠居」というか・・・そんな感じで毎日を過ごしています。
こんな風に過ごせるのも実は妻の「堅実な貯蓄計画」があったからなのです。
まあ二人とも、もともと若いころからあまり派手好きではありませんでした。
デートは山登りや散策、本やめぐりをしてコーヒーを飲んで帰る、週末にはジャズを聴きに行って少しだけ贅沢をする・・・、と言うような暮らしでした。
車にも乗らず、タバコもやめてしまい、海外旅行にも興味を示さずに暮らしてきました。
そして、少し歩いたところにある「おいしいパン屋」で昼食を買って、近くの大きな公園でゆっくり話でもしながらパンを食べて過ごす土曜日の昼下がりが一番幸せだというような暮らしをしてきました。
そんな二人だったので大きな買い物もせずにいたのである程度の貯蓄はできていました。
それに輪をかけたのが妻でした。
銀行に勤めていた母を持つ妻は、いつもいくらか貯金ができると「できるだけ利率のいい定期預金」を探しては、お金を預けていました。
そして、満期が近づくとまた別の「現在ある中で、少しでも利率のいい定期預金」を探しては、そちらにお金を移していくことを繰り返していました。
土曜日に学校行事があって、代休となった月曜日に「私名義の定期預金が満期になったから、別の銀行へ移す」と言われて、一緒に銀行回りをすることもよくありました。
時には、○千万円ほどの現金を銀行で受け取り、ドキドキしながらリュックに入れて次の銀行まで電車に乗る・・・なんていう事もありました。
そんな堅実な妻のおかげで、今は何とか仕事につかず、家事を中心とした生活をし、子供たちの面倒を見ながら過ごすことができています。
もちろん私もできるだけ節約をしながらの生活となっています。
この間、買い物をした時に妻にパーカーを買ってもらったのですが、よく考えると自分の服を新しく買うなどという事は、もうここ5年ほどしていなかったことでした。
「仕事」をしていたころに来ていたトレーナーやジャージ、通勤用の血のパンツなどがたくさんあったので、それをとっかえひっかえしながら着て、やりくりをしていました。
とりあえず今のところは、子供たちの「学資保険」と言うものもあり、何とかやっていけるようになっているようです。
「若い頃に贅沢をしなくて良かった」と、病気になって初めてわかりました。
そして、堅実な妻がいてくれたことに感謝しています。